街々書林の今月の旅する1冊

街々書林の今月の旅する1冊

吉祥寺中道通りに位置する「街々書林 Books & Gallery」の店主であり、旅に関する本を執筆してきた「旅行作家」でもある、小柳淳さんによる月イチの連載コラムです。本の世界の「旅」を、どうぞお楽しみください。

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中央線がなかったら 見えてくる東京の古層 〜街々書林の今月の旅する1冊

「週刊きちじょうじ」と「週刊きちじょうじオンライン」で毎月第1週にお届けしている「街々書林の今月の旅する1冊」。 吉祥寺中道通りにある「街々書林 Books & Gallery」は、旅にまつわる本や雑誌、雑貨を販売しているユニークな書店です。
このコラムは、街々書林の店主であり旅に関する本を執筆してきた「旅行作家」でもある、小柳淳さんによる月イチの連載コラムです。本の世界の「旅」をどうぞお楽しみください。

中央線がなかったら 見えてくる東京の古層

中央線がなかったら 見えてくる東京の古層
陣内秀信・三浦展 編著
筑摩書房
価格:990円
発売日:2022年1月6日
ページ数:256ページ
書籍詳細

東西に長い東京都の真ん中にやはり東西に真っすぐ通る中央線。しかも、東中野から立川の間は定規で引いたような直線。沿線には中野、阿佐ヶ谷、吉祥寺など個性的な街が連なる。でも、本書はその中央線がなかったら、と刺激的なタイトルで挑発してくるのだ。

吉祥寺では元々あった通りと中央線は斜めに交差する。中央線が後からできたしるしのひとつ(撮影=小柳淳)

人々は太古から川や池、水の豊かな崖と台地上に住み、古墳や寺社の聖域を作ってきたのだという。そして江戸期には甲州街道や青梅街道など街道沿いに集落ができてくる。鉄道ができるまでの時代はそういうところが賑わっていた。人家の多い街道沿いの集落では煙や火の粉を出す鉄道を嫌った結果、農地くらいしかなかったところに真っ直ぐな鉄道路線ができたという。これが中央線が直線で敷かれた大きな理由なのだ。その後、中央沿線が駅中心に栄え、市街地化が進み現在の姿になった。だから中央線と駅周辺の歴史はとても短い。

ところが中央線の存在がとても強い印象を与えるため、長い近代以前の暮らしの痕跡が見えにくくなったという。この本では妙正寺川、善福寺川、浅川やそれらに沿う台地、崖線、湧水などの自然地形を見ながら現地を歩き、中央線開通以前の武蔵野の生活圏や古墳や寺社などの聖域を訪ねる。なんと昭和初期まで中野や杉並には牧場が多数あって、都心に牛乳を供給していたという。また、古代の国制である武蔵国の国府があった府中には古道が集まっていたが、そのルートが現代の道路に連なることも明らかにされる。タイトルは挑発的だが丁寧にこの地域のことが調査・説明されている。こうして地元を再認識すると、近所の散歩に出かけたくなる。

現在の群馬県を通る東山道から、武蔵国の国分寺・国分尼寺と国府に向かっていた古代の直線道路、国分寺市泉町の東山道武蔵路の跡(撮影=小柳淳)