吉祥寺村立雑学大学
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2092回(2021/09/18)雑大レポート 「西洋との出会いーザビエルから皇太子ヒロヒトまでー」(その2)
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1853年にペリーが戸を叩いてこじ開けた日本は、急速に開国吸収に向かう。やってきた西洋人は、オールコック、フルベッキのような大人や、ヒュースケンやアーネスト・サトーのような若者が、立派な見識を持っていたことは幸いである。「おお神よ!この幸せそうな国民に、西洋の悪徳を持ち込んで良いのか」(ヒュースケン)。「自分たちの基準で、よその国の道徳を性急に判断してはならない」(オールコック)。
サムライたちも急いで勉強に出かける。まずアメリカへ(1860年の万延使節)、次にヨーロッパへ(1862年の文久使節)。どちらにもチャッカリした福沢がいる。そしてハード(文物)だけでなく、しっかりとソフト(仕組み)を学ぶ。
図1はプロイセン使節のみた日本橋、図2は万延使節のニューヨークのパレード、図3はその時シスコで撮った福沢と写真屋の娘の写真、図4は1864年の池田使節らがフランスの途次、エジプトで撮った写真。
(文責 芳野健二)
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