「週刊きちじょうじ」と「週刊きちじょうじオンライン」で毎月第1週にお届けしている「街々書林の今月の旅する1冊」。 「街々書林 Books & Gallery」は、旅にまつわる本や雑誌、雑貨を販売しているユニークな書店。吉祥寺中道通りに位置しています。街々書林の店主であり旅に関する本を執筆してきた「旅行作家」でもある、小柳淳さんによる月イチの連載コラム、本の世界の「旅」をどうぞお楽しみください。

宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人

宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人
山崎まゆみ 著
潮出版社
価格:1,980円
発売日:2024年6月5日
ページ数:288ページ
書籍詳細

かつて、昭和の時代には多くの著名人が旅館に泊まった。ホテルがあまり一般的でなかったこともあり、特に地方では旅館が普通だった。そして、たとえ仕事や公務での旅行であっても、旅館では半ばプライベートな時空となる。そんな、政治家や芸術家、歌手、俳優、作家の旅先の姿が垣間見られたという旅館滞在。そのチラリとのぞかせる素顔が丁寧に取材されまとめられている。

仕事の旅でもホッとするひとときがある(撮影=小柳淳)

岡本太郎が幾度も泊まり、太郎がデザインした優美な曲線をもつ湯舟のある宿。米国政府要人が会食の際に、繊細な漆塗りの器に盛られた料理にナイフとフォークを希望したとき、箸を勧めた政治家渡部恒三の機転の一言。芸人や俳優、政治家には定宿ともいうべき、気に入った宿がある人が意外なほど多いことを感じる。映画の地方ロケは監督やスタッフ、俳優がまとまって旅をする。そういうとき、スクリーンとは違う映画製作に対峙する真剣な姿が旅館で見られることがあるという。「男はつらいよ」のロケに病をおして来ていた渥美清。その地での撮影が終わり、宿を去るときに「車寅次郎」になった一瞬が素敵だ。

温泉エッセイストである著者山崎まゆみは、仕事柄多くの旅館の女将、経営者に知己を持ち、じっくりとインタビューを重ねている。駆け足で取材をするのではなく、その旅館に泊まり翌日もう一度話を聞く。昔のことは時間をかけて記憶が甦ってくるからだという。