ただ元に戻すだけじゃない。作品に時間を閉じ込める「修復」の妙に触れる『時の内部をさわる──森淳一による北村西望修復プロジェクト』
井の頭自然文化園の彫刻園で、12月7日から企画展『時の内部をさわる──森淳一による北村西望修復プロジェクト』が開催されています(新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、1月11日より当面の間休園しています。関連記事はこちら)。みなさんはご覧になりましたか? 井の頭自然文化園というとリスやモルモットといった動物たちに目が行きがちですが、彫刻園も長崎の《平和祈念像》で有名な北村西望の作品の数々をじっくりと鑑賞ができる魅力的な場所なんです。今回の企画展では、北村西望制作の石こう原型が修復される過程とその成果が公開されています。この「修復」というテーマ、実はとても奥深いものなんです。今回も彫刻園の学芸員を務める土方浦歌さんにお話をうかがいました。
実はとても意義がある石こう作品の「修復」
北村西望の石こう作品は、1987年までは北村西望自身の手によって修復されていたものの、西望が亡くなって以降は収蔵庫に置かれていたそうです。像の中には、環境による劣化や輸送の際のダメージで破損してしまったもの、戦時中は手に入る物資の量・質が悪かったため、もろくなってしまっているものもあったといいます。そして、こうして破損した石こう作品の修復は、一筋縄にはいきません。
土方さんによると、近代彫刻は比較的新しい分野のため修復に関する共通認識があまりなく、人や技術・予算的なリソースが古美術に優先されているそうです。また、日本では修復という事業自体がそれほど普及していないため、ブロンズ像を鋳造するために制作された石こう原型の修復は数例しか前例がないといいます。作品ではない石こう原型を修復していいのかどうかの判断が難しいとも教えてくれました。
北村西望は石こうを直接木組みに付けて像を制作する「石こう直付け法」という技術を確立した人物です。そのため、作品として制作されていない他の芸術家の石こう原型と異なり、北村西望の石こう作品はオリジナル作品としての意味があります。つまり、北村西望の石こう作品には破損を修復するだけの価値があるということです。そこで、2019年に作品の価値を守るように方針を統一して修復が行われる事になりました。今回の企画展はその成果を発表する場になっています。
ただ直しただけじゃない!修復展の見どころとは
そんな経緯から始まった今回の企画展では、北村西望の初期から晩年まで様々な石こう作品を見ることができますが、その展示は他の展示と一味違います。欠けたり割たりした部分から彫刻の内側を覗いたり、修復のために撮影されたX線写真で内部構造を知れたりと、文字通り「普段見えない」彫刻の一面を見ることができるんです。
石こう像の意外な構造
北村西望が学生時代に制作した《裸婦》や《うさぎ》といった作品を見ると、当時石こうは貴重だったことから、像の内部は空洞になっています。他にも《橘中佐》や《加藤清正公》のX線写真を見ると像の中は空洞になっていることがわかります。とても重厚な見た目をしているだけに中は空洞なんて驚きです!他にも、像内部には像を支える芯や石こうをつけるための麻ひも、さらには物資不足を補うための古新聞といったものまで入っていることがわかる展示もありました。
さらに、石こう像がその後の銅像制作のために分解できることがわかる展示もされています。特に《加藤清正公》の展示では分解するための工夫を見ることができ、北村西望がどのように作品を制作していたかがよくわかります。
「破損した像」から「美術品」へ
今回行われた石こう像修復は、ただ欠けた部分を埋めたり、外れたパーツをくっつけたりというものではありません。なんと修復部分の石こうは白いままにされており、経年変化した石こう像に合わせた色味やディティールを再現して完全な状態に戻すということはしていないんです。土方さんにその理由をうかがうと、石こう像の破片が「破片」から「美術品」へと昇華する隙間に理由があると話してくれました。
「作品ができたときの形に修復する、というのも一つの考え方としてあります。しかし今回の修復では、あえて壊れた痕跡を見せることによって、その作品が置かれてきた時間を見ることができる、つまり作品が私達と一緒の時間を生きてきたということが認識できるようになると考えています」。
今回修復を担当された森淳一さんは自身が彫刻家でもあります。修復師一筋の方なら作品を元の状態に戻すところを「破片」としての見え方を残しながら「美術品」として鑑賞できるレベルに仕上げているところが見どころなんだとか。土方さんも今回の修復を通して「継ぎ目を鑑賞する」ことの可能性を感じたそうです。
技術の進歩で「原型」から「作品」へ
展示されている作品には、ブロンズ鋳造のための「原型」から鑑賞される「作品」へと役割が変わったものもあります。《祖先の生活》は型を取るために弓の下部が取り外せるようになっていました。しかし現在では3Dプリンターやブロンズ像から直接型を取る技術の進歩によって、西望の石こう作品は型としての役割を持たなくなりました。そこで、「原型」ではなく「作品」として見せるために、修復と合わせて弓をくっつけて補強したそうです。修復や技術進歩により像の役割が変わる、というのも面白いポイントですね。
こぼれ話:西望自身の《加藤清正公》の修復
ちなみに、今回展示されている《加藤清正公》について、土方さんが面白いお話を聞かせてくださいました。実はこの像、鋳造された時期によって表情が違うんだとか。加藤清正公は清正公さん(せいしょうこうさん、せいしょこさん)と呼ばれて親しまれている武将で、最初に熊本の本妙寺へ置かれた際は武人として威厳のある表情をしていたそうです。それが戦争で銅像を溶かされてしまったため、終戦後西望のもとに再制作を依頼が。この再制作の際に、西望は戦前のキリッとした表情から、柔和で穏やかな「慈悲深い領主様」という一面を表した表情に変えてしまったそうです。よくよく見てみると、確かに表情が違います。同じ銅像でも表情が異なる作品は他にもあるんだとか。彫刻を見る際は顔の表情にも注目ですね!
修復を通して、作品が過ごした「時間」を観よう
修復をテーマにした展示というものはあまりありません。今回の展示に至った理由をうかがうと、土方さんは2つ挙げてくださいました。
「作品が修復に至るプロセスを写真や文字・修復の跡から見ていただけるようになっているので、ただ直しただけではなく、なぜ今回の修復の形に至ったのかという考え方を読み取っていただきたいです。加えて、修復師さんの卓越した技術を見ていただきたいなと思っています。破損した像を元通りに戻すのではなく、美術品として鑑賞できるギリギリのラインで破損と修復の跡を残されているので、そこに表現された美術としての解釈・考え方を実際の作品を鑑賞しながら感じてほしいと思います」。
今回の企画展『時の内部をさわる──森淳一による北村西望修復プロジェクト』の作品を見てみると、確かにそこには破損の跡があるものの、それは「壊れたもの」ではなく「美術品」だと感じ取ることができました。まるで金継ぎのように繋がれた破片や割れ目は、その像が置かれてきた時間も繋いでいるのかもしれませんね。
今回の企画展は2022年4月3日まで。普段はここまで見ることができない彫刻、そして修復の奥深さを文字通り「内側」まで覗きにいってみませんか?
井の頭自然文化園は1月11日より臨時休園。お休み分の期間は延長予定
井の頭自然文化園は新型コロナウイルス感染拡大対策のため、1月11日から臨時休園となっています。
それに伴い、今回取り上げた企画展『時の内部をさわる──森淳一による北村西望修復プロジェクト』はもともとの会期(3月6日まで)から休園期間の日数分延長される予定です。
再開園日などの詳しい情報は井の頭自然文化園公式サイトをご確認ください。
井の頭自然文化園公式サイト
https://www.tokyo-zoo.net/zoo/ino/
(三隈)