井の頭自然文化園の彫刻園ってどんなところ?巨大な平和祈念像があるのはなぜ?学芸員さんに聞いてみました

井の頭自然文化園を訪れたら、まず何を観に行きますか?動物たちを目当てに園内を歩いている方が多いのではないかと思います。しかし、動物だけが井の頭自然文化園の魅力なのではありません。井の頭自然文化園には長崎県の平和祈念像を制作した彫刻の大家、北村西望の作品を鑑賞できる彫刻園があるんです。彫刻園で学芸員を務める土方浦歌さんにお話をうかがいました。

井の頭自然文化園の彫刻園ってどんなところ?

彫刻園は井の頭自然文化園の奥にあり、彫刻館A館・B館とアトリエ館の3つの建物で構成されています。ここでは高さ9.7mもある《平和祈念像》を始めとした常設の展示200点に加えて、収蔵している500点ほどの彫刻も展示替えにより順次展示されています。アトリエ館は西望が実際に過ごした場所で、彼がどのように作品を作っていたのかを見ることができます。

井の頭自然文化園の彫刻エリア。
アトリエ館(左)彫刻館A館(中央奥)彫刻館B館(右奥)からなっています。

《平和祈念像》を制作した北村西望ってどんな彫刻家?

北村西望は「たくましく、力感あふれる男性像」を得意とした長崎県出身の彫刻家です。代表作の《平和祈念像》を始め、《怒涛》《晩鐘》といった、筋骨隆々として健康的な姿をした男性像を多く制作しました。西望自身も作品について「無骨で黒砂糖のようにゴツゴツしていてアクの強い」と称しています。1953年にはアトリエを井の頭自然文化園内に建立してそこへ転居、1962年には武蔵野市名誉市民となりました。また、1958年に文化勲章を授与し、文化功労者にも選ばれるなど高い評価を受けています。

長崎県出身の彫刻家の作品がどうして吉祥寺に?

ところで、北村西望は長崎県の出身です。なぜ長崎で生まれた北村西望のアトリエや作品が、東京の井の頭自然文化園にあるのでしょうか。
第二次世界大戦終戦後、西望のもとに原爆犠牲者の冥福を祈るために記念碑を造りたいという相談が長崎市から来ていました。このとき西望は、戦争で多くの命が奪われたということを決して風化させないために記念碑ではなく祈念像を作るべきだと訴え、この思いが通じて長崎市から正式に像の制作依頼を受けます。依頼を受けた西望は巨大な像を制作するため、東京都に土地の備用を依頼。東京都はその依頼を受けて井の頭自然文化園の片すみの土地を使用する許可を出しました。西望は土地を使用する返礼に、建てたアトリエや全作品を東京都へ寄付をすることにしたそうです。これが井の頭自然文化園彫刻館の始まりとなっています。アトリエ館は1953年に建てられ、1955年に《平和祈念像》が完成。その後、アトリエ館・彫刻館を含めた彫刻園が1958年に一般公開となりました。

平和祈念像(1954年 石こう) 井の頭自然文化園の平和祈念像は銀色に輝いています

ちなみに、長崎の平和祈念像はブロンズ製で青色に塗られていますが、井の頭自然文化園の平和祈念像は銀色に塗られています。土方さんは、その理由は残されていないものの、西望は彫刻を制作する際に「鋳造した金属の色とは異なる金属の色で石こう原型を塗る」という特徴があると教えてくれました。例えば、《戦没者慰霊の女神》という埼玉県熊谷市を襲った熊谷空襲の犠牲者への祈念に設置された銅像は、銅像というけれど実はアルミニウムで鋳造されているんだそうです。一方で井の頭自然文化園にある《戦没者慰霊の女神》の石こう原型はブロンズの色で塗られています。このようにして、西望は制作した彫刻がもし別の金属で制作されていたらどうなっていたのかをシミュレーションしていたのかもしれませんね。

西望の彫刻制作でもう一つ特徴的なのが、作品の題字を西望が自分で制作していることです。西望は書も書く人だったので作品の題字も書いていました。土方さんによると、作品の題字も制作する彫刻家は他にいないんだとか。字体は中国の碑文を参考にしたり、現代書道を参考にしたりして、西望は自分のイメージに合う「フォント」を編み出していたそうです。

彫刻の大家の素顔とは?企画展「北村西望の家族と生活」

彫刻園では、常設展示の他にも、様々なテーマに沿って作品を公開しています。現在行われている企画展「北村西望の家族と生活」では、母子の姿や家族の親しみある日常を切り取った彫刻や書が展示されています。得意とした男性像ではない女性や子どもをモチーフとした彫刻には、また違った魅力があるんです。

土方さんはこれらの作品の背景に、北村西望の友人でありライバルでもあった建畠大夢(たてはた・たいむ)という彫刻家の影響があったと言います。建畠大夢は優美な女性像という西望とは真逆のスタイルの彫刻を制作しており、西望よりも早いうちから評価を受けていました。西望は初めて男性像で入賞して大夢と同じラインに追いついたとき、ライバルの得意分野である女性像にも挑戦したくなった、というのが西望の女性像の始まりだそうです。建畠大夢の優美で妖精のような女性像に対抗してか、西望の女性像はご夫人や身近な家族をモデルとした現実感のある彫刻となっています。そのためか、男性像で得意としている肉付きの表現が活かされた、リアルな女性像を見ることができます。

この企画展では彫刻や書の他にも、北村西望の生前の姿を移した写真や作品制作に使っていた道具、平和祈念像鋳造の際の会計を記録した帳面などが展示されています。企画展は11月28日までの開催です。
次回の企画展では、10月に行われた石こう作品の公開修復などで作品がどのように修復されたのかをまとめた展示が行われる予定です。

実際に使われていた道具から西望の暮らしが想像できます

彫刻と「向かい合って、考える」とは?

彫刻園には現在展示されている作品以外にも、まだ非公開の作品がたくさんあるといいます。土方さんによると今後の企画展などで公開する予定だそうで、北村西望の色々な側面の展示や情報発信をしていきたいとお話してくれました。そんな土方さんに彫刻の楽しみ方をうかがうと、2つの面から楽しみ方を教えてくれました。

「彫刻鑑賞の入門として、『なぜこれを作ったんだろう』と彫刻と向かい合って見てみるのがおすすめです。被写体をそっくりそのまま作るならマネキンや写真があるけれども、彫刻は人間の表現となるように工夫を凝らされています。『何を表現したくてこの作品を作ったんだろう』と考えながら向き合ってみてください」。

もう一つのポイントは『彫刻ならではのパーツの作り方』に注目してみることです。彫刻は立体なので、正面から見るだけでなく、作品の周りをぐるっと一周して見るといいですね。彫刻家はある面だけ力を入れて、ある面だけ力を抜くということができないので、正面だけでなく後ろにも見どころを入れて作られているのがわかると思います。『なぜ正面だけでなく後ろまで作る必要があったのかな』と考えながら見てみると新しい発見ができて楽しいと思います」。

彫刻園を訪れた際はぜひこの二つのポイントを意識して、彫刻を楽しんでみてくださいね。

気負わずに彫刻園を歩いてみよう

そんな魅力たっぷりの彫刻園ですが、彫刻園への来客数は井の頭自然文化園全体の来園数を比べると少ないそうです。土方さんは、もっと気軽に彫刻園に足を運んでほしいと想いを語ってくれました。

「『美術鑑賞』というと高しょうなイメージがありますが、気負わずに『公園で彫刻に向かい合ってみよう』くらいの感覚で気軽に足を踏み入れていただければと思います。彫刻園では常設展示以外にも、今までご覧いただけていない作品を企画展として展示したり、作品の修復を公開で行ったりしています。修復の際はもちろん北村西望さんの作品であることを尊重して行っていますが、展示作品をささやかですが変えたり、修復で見た目が変わったりと小さな更新もしていますので来園された際はぜひ見て楽しんでいただければ嬉しいです」。

彫刻園に展示されている北村西望の作品はインターネットでも楽しむことができます。井の頭自然文化園のYouTubeチャンネル『東京ズーネットYouTubeチャンネル』では、以前行われた企画展『筋肉礼賛』で展示された作品や彫刻の題字について、土方さんが解説を行っています。土方さんの解説も合わせて、彫刻園で北村西望の彫刻を楽しんでみてはいかがでしょうか。

東京ズーネットYouTubeチャンネル

https://www.youtube.com/channel/UC72bkkvKulLl_muXs0ygF_Q