吉祥寺村立雑学大学

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2075回(2021/05/22)レポート『詩歌の旅~万葉から啄木まで~(その2)』

====== 本記事は、雑学大学に参加された方によるレポート記事です ======

万葉の憶良や防人、江戸の芭蕉や一茶、橘曙覧など、そして明治の啄木、昭和万葉集の兵士たちの歌など生活に密着した作品を関野準一郎の版画や私の旅スケッチなどを縁として皆んなで一緒に楽しみたい。

「生活派」の詩人は何と言っても、万葉の憶良と江戸期の橘曙覧。クリントンは来日時「楽しみは朝起き出でて昨日までなかりし花の咲ける見るとき」を日本の代表的美として発言してくれたが、知性不足の面々は面食らっただろう。明治期は「働けどはたらけど我が暮らし楽にならず、、」の啄木だが、残した借金リストを見ると、どうも遊興費に使いすぎたようだ。忖度民族の我々に一撃を加えたのが、日露戦争時の与謝野晶子と高度成長期の茨木のり子。「君死にたまう事勿れ」は今読んでも新しく力強い。痛ましい電通自死事件を思い出す。茨城のり子は「もはや出来合いの思想や権力に倚りかかるな。倚りかかるのは椅子の背もたれだけにしろ」「パサパサに乾いていく心を、人のせいにするな。みずから水やりを怠っておいて。ばかものよ」と叱咤。私は30歳のとき岩手に転勤し結婚したのだが、同じ岩手とケンジに共鳴し、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」(図)をじっくり版画に彫り挨拶状とした。以降その精神は半世紀ずっと生き続けている。

講師: 芳野 健二 氏