彫刻家 北村西望と旅に出よう! 「彫刻を設置しに行く。北村西望の旅」展

日本を代表する彫刻家、北村西望。その名前を知らなくても、長崎・平和公園にある「長崎平和祈念像」の作者だと聞いたらピンとくる方もいるのではないでしょうか。長崎に生まれ、晩年を武蔵野の地で過ごした北村西望。井の頭公園内に自身のアトリエを建設し、井の頭自然文化園には彫刻館と屋外合わせて約200点の彫刻が展示されています。
昨年の2023年11月28日から始まった「彫刻を設置しに行く。北村西望の旅」展。本展は、所蔵の彫刻のほかに未公開だったスケッチや旅行記を組み合わせ、北村西望のパーソナルな部分にもスポットをあてた展示になっています。北村西望はどんな人物だったのか?彫刻園で学芸員を務める土方さんにお話を聞いていきました!

彫刻家 北村西望(1884〜1987)

長崎県出身。日本を代表する近代彫刻家。代表作は《平和祈念像》。1953年に井の頭自然文化園内にアトリエを設置し、《平和祈念像》の制作を開始。1955年に「平和祈念像」が完成する。
東京美術学校の彫塑科で長年教鞭を執り、1958年に文化勲章を授与。数多くの作品を残し、約500点ほどの作品が井の頭自然文化園彫刻園に展示収蔵されている。

北村西望は彫刻設置の旅を楽しんでいた?!

「西望はどうやら設置の旅を楽しんでいたようなんです」と語る学芸員の土方さん。西望は1938年秋、満州の首都であった新京(現在の中国吉林省長春市)に鋳造した像を設置しに行く際、初めて飛行機に乗りました。そのときの感想が記された文章が残っています。

事実、東京から新京までの間でなんと云っても眺望の素晴らしいのは、東京福岡間である。先ず羽田を出て暫く行くと富士が見えて来る。この富士がまたその時々で色々な形に見え、実に何とも云へぬ興趣をもっている。さらに大阪から神戸を眼下に瀬戸内海に出れば、無数の島が無限の織模様を展開して見れども見れども興味がつきない。

※興趣…味わいの深いおもしろみ

さすが、彫刻家といった表現の巧みさ…!はじめて飛行機から見た風景の感動が鮮明に感じられます。
土方さん「西望は自身の制作を、アトリエで原型を完成させるまでと捉えていました。実際の像の制作に関しては、基本的には職人さんや技術者に託してたようです。なので、設置の際の道中はわりと楽しんでいたようですね」
北村西望の彫刻のイメージといえば、勇壮な男性像で力強いイメージがありますが、この文献からは純粋に旅を楽しむ西望の人となりが伝わってきます。
土方さん「しかしながら、設置にはこだわりがあり、台座のデザインは西望の作。台座の装飾も制作していました」
実際の場所に置かれ、どう見えるかまでが仕事だと考えていたことがうかがえます。ためになるなぁ…。

井の頭自然文化園 彫刻館B館
彫刻館B館には1945年までに制作された作品を展示

西望豆知識 〜石膏の中身は木?!〜

西望の制作した石膏ひな型をよく観察してみると、ところどころに木の質感が見て取れます。石膏でつくられているのに木…。いったいどういうこと?!
「西望は《平和祈念像》以降、「石膏直付け法」を確立します。まず骨組みとなる木枠をつくり、そこに溶かした石膏を塗り、いったん固まった石膏をさらに削りとるという独自の方法です。そのため、ところどころ中の木が見えている部分があるんです」(土方さん) 
石膏のみでつくられていると思った原型にそんな秘密が…!でもどうしてそんなに手間のかかる工程を?
「戦争中の石膏や粘土などの資材不足からだと思われます。けれども結果的に、“塑造と彫刻の技法の融合”ともいえる独自のスタイルが、西望のオリジナリティになりました」(土方さん) 
うまくいかない部分を逆に利用して、オリジナリティに結びつける…非常にためになりました!


北村西望の北海道旅行スケッチ

本展のみどころのひとつが、今まで未公開だった北海道旅行のスケッチの数々。1968年作の《永山武四郎氏立像》と、1969年作の《若き日の平塚常次郎》はどちらも北海道に現存しています。オファーがあると、その土地へ行き制作のためのイマジネーションを得ていた西望。北海道での制作依頼が2体同時期にあり、スケッチ旅行にでかけます。
土方さん「《若き日の平塚常次郎》は生前の平塚本人の依頼で制作されました。旅行の際に描かれた、漁師たちの姿や漁船のスケッチが残されています。おそらく、北の海の漁師の姿にインスピレーションをうけ、長靴とセーターを着込んだ若き日の姿を銅像に残したのでしょう。《永山武四郎氏立像》のためのスケッチには、札幌市時計台や開拓民の村のようすが描かれています。」
彫刻家らしい、大胆な捉え方で描かれたスケッチがたくさん展示されています。札幌の時計台は私も見たことがあったけれど、北村西望も見ていたなんて…! ところで、スケッチはいろいろな紙に描かれていますね。
土方さん「こちらのスケッチはまさに彫刻のために描かれたもので、おそらく人に見せるために描かれたものではないと思います。方眼紙に描かれたものもあり、設計図と兼ねている部分もあるのではないでしょうか」
なるほど〜。描かれたスケッチから、どのように彫刻の原型がつくられ、実際の像になっていくのか想像するのも楽しいですね!

貴重な北海道旅行のスケッチが並ぶ

西望豆知識 〜驚きの長寿 102歳!〜

北村西望の生年月日をみて、まず驚くのがその年齢。1884年(明治17年)に長崎県で生まれ、1987年(昭和62年)東京都武蔵野市にて102歳で逝去しました。まさに激動の時代を生き抜いた彫刻家といえるでしょう。それに加えて、驚くべきはそのバイタリティ。《平和祈念像》が完成したのは1955年(昭和30年)。西望なんと70歳のときでした。59歳で教授職を退いたあと、ここからが本番とばかりに精力的に数々の彫刻作品を制作し続けました。


さいごに

今回の展示では、北村西望の作品を通して彫刻設置の旅にふれてきました。未公開のスケッチや、ここで紹介しきれなかった家族写真など貴重な資料が展示されています。井の頭自然文化園の彫刻園の未公開収蔵作品に触れられる機会、ぜひおすすめです! 園内に散りばめられた常設されている彫刻の数々や、9.7mもある代表作の《平和祈念像》(彫刻館A館収蔵)も見応えがありますよ!

北村西望が井の頭自然文化園内に建てたアトリエ(アトリエ館)
アトリエ館の内部。柱などは当時のまま

「彫刻を設置しに行く。北村西望の旅」展

井の頭自然文化園 動物園(本園)彫刻館B館

  • 開催日
    2023年11月28日(火)〜2024年3月10日(日)※会期延長
    時間
    9:30~17:00
  • 料金など
    入園料:一般400円/中学生150円/65歳以上200円 ※小学生以下、都内在住・在学の中学生は無料 休園日:月曜、12月29日〜1月1日
    会場

    井の頭自然文化園

    〒180-0005 武蔵野市御殿山1-17-6

    JR中央線・総武線、京王井の頭線、各線の「吉祥寺駅」南口(公園口)から徒歩約10分