アンジェリカで映画の話を

アンジェリカで映画の話を

毎月第2週にお届けする「カフェ&ワインバル ANGELIKA(アンジェリカ)」共同オーナーの髙田和子さんによるコラムです。コラムを担当する髙田さんはANGELIKAと平行して、現在も映画関連のお仕事をされています。映画愛がつまった月イチの連載コラム、どうぞお楽しみください。

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「週刊きちじょうじ」と「週刊きちじょうじオンライン」で毎月第2週にお届けする「ANGELIKAで映画の話を」。「カフェ&ワインバル ANGELIKA(アンジェリカ)」共同オーナーの髙田和子さんによるコラムです。

ANGELIKAは吉祥寺・中道通り近くに位置するこだわりのコーヒーとワイン、エッグタルトを提供するお店。コラムを担当する髙田さんはANGELIKAと平行して、現在も映画関連のお仕事をされています。映画愛がつまった月イチの連載コラム、どうぞお楽しみください。

『敵』

みんなどうしてるかな。早く逢いたいなあ。

『敵』
監督・脚本:吉田大八
2024年/日本
アップリンク吉祥寺ほか全国公開中

公式ウェブサイト

渡辺儀助77歳。元大学教授。妻に先立たれた彼の日常は丁寧で完璧。毎日自分で料理し、珈琲豆を挽いて食後に飲む。時に晩酌も楽しみ、時々家に訪れる元教え子に不純な期待を持ったりもする。預貯金の残高があと何年持つか計算し自分の寿命を知ることが潔く生きるモチベーション。そんな、自己管理を徹底しながらも穏やかに過ごす彼の元に、ある日突然「敵」が現れます。

敵とは何なのか。本当に敵なのか。逃げるべきなのか。

儀助の心地よい日常の描写から一転、敵に侵食されてからのシュールな展開。そして、人間の滑稽さや、人の温もりを求める切なさが加速していきます。長塚京三はじめ俳優陣全員の説得力ある演技を堪能!

映画では、敵が何かということを明示しません。でも私はこの映画で、私の前にも来るべき時に現れる敵の正体を知りました。そして「さあ来い!」という気持ちになりました。何とも愉快で、心に染みる映画です。

2024年/日本/監督・脚本:吉田大八 宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA アップリンク吉祥寺ほか全国公開中

『敵』を観たあとは、この映画がおすすめ!『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
2024年/スペイン・アメリカ

公式ウェブサイト

不治の病に侵された親友マーサに、自分が死ぬとき隣の部屋にいてほしいと頼まれるイングリッド。自らの手で人生の最期を迎えようとするマーサと、彼女に寄り添うイングリッドが、共に過ごす数日間の物語です。

死に向かい合う映画ですが、悲愴感はありません。死を受け入れているマーサは、身体は徐々に弱りながらも活力に溢れ凛々しく在り続けます。反対に死を恐れていたイングリッドも、強い意志を持って彼女と共に生き抜きます。ふたりがかつて同じ男を愛していたという設定は情熱を添えるアプローチ。女性の大胆さと繊細さを見事に演じたふたりの女優に感服です!

2024年/スペイン・アメリカ 監督・脚本:ペドロ・アルモドバル 配給:ワーナー・ブラザース映画 ©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved. ©El Deseo. Photo by Iglesias Más. Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか公開中

マーサには疎遠の娘がいて、娘が知りたがっていたのに話すことのできなかった物語…自分がどんな恋愛をしてあなたが生まれたのか…をイングリッドに打ち明けます。その物語が映画のラストに繋がっていくのです。人生とは、自分を形成しているものを知り、探し、向き合う旅なのかもしれない。この映画を観たあと、死についてではなく、人生について誰かと話したくなりました。

私の好きな監督のひとり、ペドロ・アルモドバルの新作です。彼の作品の特徴は濃厚な色彩美とたくましい女性像、そして“魂は受け継がれていく”というメッセージを持ったラストシーン。この全てがこの映画が死を描きながらも生命力に溢れている理由です。実は、『敵』で私が一番好きなシーンは原作にはなかったという吉田大八監督創作のエンディング。アルモドバル作品のラストシーンに通じるものを感じました。儀助の魂も、マーサの魂も、誰かの中で生き、そして受け継がれていくのです。